第四章 居酒屋の二人

 このみと藤崎は、このみのアパートから最寄りのS駅の近くにある学生の多い居酒屋にいた。
 アルコールも入ることだし、すぐ帰宅出来る場所が安全ということで、藤崎が提案したのだった。
 最初は単なる世間話が主だったが、話題がとぎれた瞬間、藤崎は
「君は渡瀬のどこが気に入ったのかな?」と聞いた。
「才能がないところ!」
 こう即答されて、藤崎は椅子からずり落ちそうになった。
「は?」
 さすがにこのみも説明を要すると思ったらしい。
「才能が無いって言ってもゼロって意味じゃなくって、最低限の常識程度にはあるわよ、もちろん」
 このみは普段は年上の藤崎や渡瀬に対してです・ます調で話すのだが、アルコールが入ると、友達に話すのと同じような口調になってしまう癖があった。
 もちろん藤崎も渡瀬も気にすることなく普通に受け入れている。
 藤崎としては
「そりゃそうだな」という以外に藤崎は答えようがない。
「たとえ才能が無くても、何かに一生懸命取り組む時の目が気に入っているの。才能がある程度備わっている人だったら、逆にあそこまで真剣な目はなかなか出来ないと思うな」
 確かに何かをやり始めれば、多くの場合渡瀬よりは藤崎の方が優れた結果を残す。
 藤崎にはそういう才能があった。
 その一方で、ひとたび渡瀬の方が上回れば、藤崎はその才能に追いついた事は一度もないのだった。
「君は先物買いの才能があるのかもね」
「さあ、どうかしら。いずれにしても、理屈抜きにあの真剣な時の目は好きよ」
「じゃ僕の目は?」
「そうね、目はともかくモテてる時の先輩は好きじゃないわ。でも渡瀬先輩の友人としての先輩は結構好きなほうよ」
「そう?」
「友達の中では渡瀬先輩の一番の理解者でしょ? 好きな人に協力的な人には私だって好意的になるわよ。でも、先輩がもしも女だったら、一番嫌っていたかもしれない」
「毎週泊まり込んでいるって立場からはそうなるだろうね」
「もしも渡瀬先輩とうまくいったらの話だけど・・・その・・・土曜の夜は来ないでね」
「もうそんな心配をしているのか? じゃ、日曜の朝に二人を起こしに行ってあげよう」
「もう、いじわる」
 二人は軽く笑った。
「僕は渡瀬よりはモテるつもりだ。これは君も知っているだろう? ああ、自慢話のつもりはないんだ。この点は誤解しないでほしい。だから、もしもそうなったら土曜の夜は別の女のところへ行くさ」
「でも、原稿の締切が迫っている時には、いつもみたいに泊まりがけで手伝いに来てね」
「君ってずいぶんワガママだね」
「ええ、でもこれは本気よ。私は平日の夜はバイトしているから、どうしても土曜の夜じゃなきゃダメなの」
「じゃ、今までに渡瀬のアパートに二人っきりで泊まったことは?」
「ないわよ」
「そうだっけ?」
「あると思ったの? いつも先輩が遊びに来て一緒だったじゃない」
「あ、もしかして僕って今までお邪魔だった?」
「ええ、すっごく」いたずらっぽく笑みを浮かべてこのみは続けた。
「だけど、その分無理矢理原稿を手伝ってもらったし、本当に二人っきりだと意識し過ぎちゃって原稿が進まないかもね。だから、プラスマイナスゼロってところかしら」
「じゃ、もしも僕以外の人が泊まる事になったら?」
 藤崎は同棲の事を言うつもりはなかったが、このみの考え−同棲する人がいて、それでも告白するのかしないのか−を知っておきたかった。
「友達? 土曜以外なら構わないわよ」
「あ、ごめん、そうじゃなくって、女の人がだよ」
「渡瀬先輩とつきあい始める事が出来たとして、そのあとの浮気だったら許さない」
「じゃ仮に君がそういう立場になる前に渡瀬に彼女が出来たら?」
「その時になってみないとわからないわ。でも、普段から見ていれば前兆ぐらいはあるでしょ?」
 この点、実は藤崎も気になっていた。
 電話では「いきなり俺の所へ引っ越してきた」と言っていたし、少なくとも今日は藤崎が行くことがわかっていたはずだから、都合が悪くなったら電話くらいあるはずだった。 渡瀬に彼女が突然出来て、しかもいきなり引っ越してきて同棲を始めるというのは、一旦は納得したものの、少し無理があった。
 また、この受け答えからこのみの女のカンでさえも、今回のことを予測できるような前兆がなかったと言える。
「前兆ねぇ。たとえば?」
「身だしなみが少し変わるとか、部屋の小物や片づけ具合が変わるとか、歯ブラシの数とか、料理もするならあの機材や調味料不足は何とかしたいところだわ」
「ある日突然それらが揃っていたなんて事になったら、既に手遅れって事だね?」
「そうね」
 ここで突然、このみの携帯電話が鳴った。
「ちょっと失礼」
 学生が多い居酒屋では、店内ではとうてい電話など出来ないし、マナーの問題もある。
 店の出口に近いところまで来て、このみはようやく話し始めた。
 電話は同人仲間の事務連絡ですぐ終わったが、このみは事務的な話でもいいから渡瀬の声がふと聞きたくなって、彼の携帯電話へ掛けてみた。
 しばらく呼び出し音が続き、相手が出た。

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