第三章 布団

 電話を切ると、渡瀬は食事の用意をし始めようとした。
 そこへ絵梨がヒョイと顔を出して
「やっぱり男の子の部屋ねー。鍋や調味料の種類がたったこれだけ?」と文句をつけた。「これで何一つ不自由ないさ」
 台所にはガスコンロと炊飯器、電子レンジの他にフライパン一つ、鍋一つしかなく、調味料は醤油とソースと塩と胡椒しかなかったのである。
「これじゃ、なーんにも作れないじゃない」
「お前が何か作ってくれるのか?」
「そのつもりだったけど、これじゃあね」
「別に本格的な料理をするんじゃないし、これで充分なんだけどなー」
「ねぇ、どっか食べに行こうよー。引越祝いにお兄ちゃんのおごりでさ」
「ダーメ」
「ケチー!」
「ケチで言ってるんじゃないのっ、着替えだってまだ段ボールの中だし、洗ったのはまだ乾いてないし、だからその格好なんだろ。まさかそれで外出するつもりか?」
 そう、絵梨は手持ちの荷物に予備として入れておいたショーツが今身につけている唯一の自分のもので、その上に渡瀬のTシャツを借りて着ているだけの、何とも色っぽい格好だった。
 部屋には充分暖房が効いていてこの格好でも風邪を引くことはなさそうだったが、外出は不可能な事は絵梨も認めざるを得なかった。
「あーあ、こんなことなら真っ先に着替えを出しとくんだった」
「もう暗いから無理だよ。それにこの時間にドタバタやれば近所迷惑だし」
「わかってるわよ。とりあえず、冷蔵庫には何があるのか見せてもらうわね」
 ・・・結局、食材の量はともかく種類の乏しさに、およそ三十分後には二人で宅配のピザを食べる事となったのである。
「あーもうおなかいっぱい。太っちゃう」
「その分明日から荷物整理とかやればいいだろ」
「でも家具の設置は手伝ってよね」
「何?」
「だって、そのつもりで引っ越し屋さんのコース頼んじゃったし、他に頼れる人いないし、かわいい妹の為でしょ、それくらいいいじゃない」
「こういう時だけかわいいってのを出すな!」
「あっそう? せーっかくこういう格好してあげてんのにさー」
 絵梨はTシャツのすそを手でつまんで少し持ち上げると、白い下着があらわになった。
「パンツ見せて楽しいか?」
「つい最近まで高校生だったんだよ。ミニスカート穿いてればどうしても見られちゃう事だってあるし、もう慣れちゃった。それに、ここは外じゃないでしょ」
「そういうもんか?」
「お兄ちゃんならこういうシチュエーションって気に入ってくれると思ったのに」
 実は内心、絵梨の挑発的な姿にかなりドキドキしている事を渡瀬は自覚していた。
 ・・・やばい、このままでは本当にやばい。こりゃ今夜は睡眠薬代わりに酒でも飲もうかな。
「わかったわかった。明日は手伝ってやるから、今日はもう寝ろ!」
「やったー、約束よ。ところで、お布団はどこ? 予備の布団も確か家から送った筈よね?」
「毎週友達が・・・さっきの電話の藤崎ってヤツが泊まりに来るからな、そいつが何回か使ったけどね」
 そう言いつつ、渡瀬は布団を準備し始めた。
「女の人は泊まりに来たことないの?」
「あるよ」
「うそっ、誰、誰?」
「泊まりに来たと言っても、同人誌作る作業をお互いに手伝いあって徹夜になっただけだし、その時にはさっき話した藤崎もいたさ」
「なぁーんだ、そっか」
「この部屋見ればわかるって言ったのはお前だろ?」
「今のこの状態はそうだけど、昔は一回や二回はそういう事があったかもしれないじゃない」
「残念ながら、ありません」
「じゃ、女の子とふたりっきりで寝るのって、今日が初めて?」
 寝るという言葉に深い意味はないと思いつつ、つい口をとがらせて
「子供の頃はお前と同じ部屋だったじゃないか」と言ってしまう。
「この部屋では初めてね」
「そうだな。よし、布団敷けたぞ」
 部屋の構造上、布団はかなりくっついた状態になる。
「お兄ちゃんって、藤崎さんだっけ? その人とおホモだちなの?」
「はあ?」
 思いも寄らないことを聞かれて、つい動作が止まってしまう。
「だって、その人毎週泊まりに来るんでしょ? こんなにぴったりお布団並べて・・・」
「テレビゲームやったり飲み明かしたりして、泊まるって言っても結局は起きてるよ。この予備の布団だって数えるくらいしか使ったことないし、どっちかが寝てる時はどっちかが起きてるから、そうだな・・・言われてみれば同時に眠った事はないかもな」
 これは確かに事実だった。
「よかった、お兄ちゃんがまともで」
「当たり前だ!」
「まともって事は、女の人に興味があるって事よね」
「世間並みにはね」
「間違って私に手を出さないでね」
 釘をさされた動揺を隠そうと渡瀬は
「足は出すかもね」とふざけて言った。
「昔っから寝相が悪かったもんね、お兄ちゃんは」
「お前だって、よく俺の布団の中にまで転がって来たじゃないか」
「だって、お兄ちゃん暖かかったもん。さすがに夏は暑かったけどね」
「今日は転がってくるなよ」
「私が転がってくのはいーの!」
「何だそりゃ」
「ともかく、今日は疲れちゃったから、もう寝るね」
「はいはい、お休み。僕は酒でも飲んでから寝ることにするよ」

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